『絵画教室』について byかんとく

本日はワタクシの誕生日。

ちなみに長嶋茂雄さんの誕生日でもある。

また志村けん師匠の誕生日でもあり、燃える闘魂・アントニオ猪木氏の誕生日でもある。

以上、昔からワタクシが知っている同じ誕生日の有名人。

カリスマですな。

大体、カリスマ性のない人間ほど有名人と、自分との共通点を気にする(ニヤリ)。

このことについて、先般購入していた黒川祥子著『同い年事典』で確認。

2月20日についてばかり検索して飽きたので、同じ年の人間も調べてみる。

なんとV6の森田剛氏と全く誕生日がいっしょと判明。

何よ、この差?

14歳で競泳でオリンピックに出ていた岩崎恭子氏、

森見登美彦先生もワタクシと同学年。

でもやっぱり一番面白いのは、お塩学先生が同学年という事実か(ニヤリ)。

・・・・・

そんなことは横に置き、本日茶をシバキながら昔話を朗々と語っていたところ、

小学生の頃、絵画教室に通っていたことを思い出す。

”おばやし絵画教室”(仮名)というところで、小2から小6まで通っていた。

その頃からだの弱かった監督は、絵画の世界で名をはせようと情熱を燃やしていた

か、どうかは疑わしいが、とりあえず週1回通っていた。

小学生なので、描くものは基本的に水彩画だったと思う。

たまに木炭を使って書いたり、デッサンなどもしていたが、己が才を早めに悟り、

筆をおくことにしたのである(USO、中学校でバレー部に入ったからというだけ)。

・・・・・

が、よくよく思い出してそういうことを書いてみたが、

ワタクシの記憶の中には12月になると、年賀状用の版画を彫ったり、

凧揚げ用の凧を作ったりした記憶のほうが強い。

そして、早々に作業を追え、当時実家にはなかった漫画を貪っていた。

確か巨匠・手塚治虫大先生の『火の鳥』とか、『ブラックジャック』だったと思う。

そういえば今でも断片的に『ブラックジャック』のことを覚えていたりする。

なぜブラックジャックがあんなに継ぎはぎな感じなのかとか、

伝染病の流行ったアフリカ大陸のある地で、

シマウマが死んだ仲間のシマウマを食べている話とか。

草食系のはずなのに、という何ともな話。もっとも理由はあるんだが。

・・・・・

そんなことは横に置き。

上記の話、絵画教室の話のはずだが、

一番記憶に残っているミッションは、同学年の有志で作り上げた”イカダ”である。

山に登り、竹を切り、廃品の一斗缶、当時珍しかったペットボトルを集め、

ロープで縛り、作り上げたのである。

それを当時学校から遊ぶことの禁じられていた、二河川に浮かべるという

斬新にして、危険を省みないミッションであった。

まるでボーイスカウトである。

絵画教室の域を明らかに超えている。

そんなところでそんなことばかりしていたから、

今でも訳のわからない訓練を作り上げてしまうのである。

だから選手は、私を恨まず”おばやし絵画教室”(仮名)を恨んでください(ニヤリ)

・・・・・

と書いたが、今同居人のきむが降りてきた。

彼は小学校でも同窓なので「きむもイカダ浮かべたときおったっけ?」

と聞くと、「おったよ。すぐ沈んだけどね」と言っていた。

やっぱり危険なミッションであった。

当時のワタクシは全く泳げなかったのである。

by かんとく

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