『honesty』について byかんとく

まあ1年間。

くだらぬ随筆を書き連ねている、監督といわれるもの1名。

だがしかし、一度として表題の件、書いたことがない。

本来はこういうことこそ書かねばならんのに、

まあ、受ければいいだろう、読み物が成立すればいいだろうという

意識があったかもしれない。

全く、自分自身反省せねばなるまい。

・・・・・

本日、会社の先輩と飲みに行く。

そのときに話が出てきたのが、先輩が勤めた就職面接の話。

私の勤務する会社には、毎年そこそこの人数が受験する。

だが、先輩が就職面接を担当した時、学生達はテクニックばかりに走っていた模様。

例えば先輩は我が会社にて発行している書物に対して

「今回の記事のこと、どう思う?」という質問をしたという。

その答えは「読んでいません」だったという。

これは一人の受験生の話ではない。

先輩が担当した1回の受験生が7人のうち、6人がそう答えたとの事。

・・・・・

ワタクシの先輩は一体、どう思ったのだろう?

学生の立場からしたら、数ある受験先のうちの一つかもしれない。

だから、一つ一つの失策に云々ではなく、

まあ面接慣れしよう、という意味もあったかもしれない。

でも先輩と同じ立場であったとしたら、そのダメージはどうであろう。

まがりなりにも一つの企業で数年、数十年勤め上げていた人がいる。

そういう人であれば、自己の所属する組織に対して嫌な部分、

或いは改善すべき部分なんていくらかの考えは持っている。

嫌々いいながらも、感情的な部分ではその組織をよくしたいと思うう気持ちを

持っていることはありえることだ。

そういう人たちに対して受験した人たちは、

自分の気持ちを「正直に」答えたのであろう。

だが、それはTPOをわきまえた言葉を選んでいないし、

第一、「正直」という単語を履き違えているのではなかろうか。

・・・・・

まあ今の3年生の選手は、就職活動であくせくせんでいけるだろう。

だだ、本来就職活動であくせくする必要なんてあるのだろうか。

あくせくする必要のある学生は、結局自分に自信がないし、

他人がどういう言葉を期待しているか(大衆に対してではなく、君自身に対して)を

理解していないから、意味もなくテクニックをつけようとするのであろう。

でもそれは大事な要素ではないと思う。

ボクシングの話でもよく語っているが大事なことは

パワー>テクニック>ハート、である。

こいつにはパワーがあると感じさせればいいのである。

そのために必要なことは圧倒的なパワーである。言い方を帰れば人間的な魅力だ。

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それってどうやったら身につくんですか?

ワタクシもようしらん。

ただいえるのは自分の気持ちに正直に、大いに迷い、大いに行動した者は

魅力のある人が多い。

また、他人の為に考え、正直に行動してきた者にもやはり魅力がある。

そんな抽象的なことをいって、、、というかもしれない。

でも、分かるときはある。

この人がどれだけ覚悟を決めているか、誤魔化さないように生きているか。

それがその相手の目を見たときに、変な分析ではなく、分かることがある。

そういう人間になるほうがいい。

・・・・・

ただ、そういう人間は批判もされやすいかもしれない。

そういう意味で、自己を第三者的に見る能力があるほうがいいだろう。

悪しき意味でいうが、なぜドイツ人はヒットラーの演説に陶酔したのか

分析してみたらどうであろう。

by かんとく

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