連休ということで昨日、年老いた母親と、実年齢より見た目の若い妹が来た。
新神戸駅まで送り迎えしたのであるが、駅まで送った後に書物を三冊購入。
で、本日読んでいたのが、小川三夫著『棟梁~技を伝え、人を育てる』
(聞き書き・塩野米松、文芸春秋)
著者は修学旅行で出かけた奈良の寺を訪れた際に、こんな建物作りに関わりたいと
何の伝もコネもなく、かつ何の知識もないのに、方々に連絡を取り、
高校卒業後に法隆寺宮大工の西岡常一棟梁に入門。
法隆寺三重塔、薬師寺西塔、金堂の再建に関わり、その経験を活かして
寺院建築会社の鵤(いかるが)工舎を設立し、独自の徒弟制度で弟子を育成。
昔からの職人の世界の徒弟制度をどう活かし、
自分を育て、人が育つ場所を作ってきたかというものは興味深い。
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歴史的建造物という、今後何百年と綿々と存在するモノを作るこだわり、
そしてそのための仕事を通して、何人もの宮大工がその下から巣立っていった模様。
この人の棟梁という仕事、それに関わる者と如何に接していくかは
指導者、あるいは職業上の管理職ならば、一読の価値があると思う。
以下、印象に残った言葉を引用する。
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「(弟子という立場は)親方や兄弟子と一緒に暮らして、
雰囲気や何やからその職業のさまざまを身につけていきながら、
技を習得していくわけだ。
それは怒鳴られもするし、拳骨ももらうだろうな。なにしろ、親方も兄弟子も
学校の先生じゃないんだ。教え方がうまいわけじゃない。
(親方や兄弟子は)自分の仕事をしながら、技を見せてやるぐらいのもんや。
弟子に見せるための教材の練習の品なんてない。
(請け負って寺という)商品を実際に作ってるんや。だから無駄はできんのや。
職人の収入は手間賃や。
今みたいに付加価値とかそういう概念はないな。いくつやってなんぼや。
だから正確に、数をこなすことが大事なんだ。無駄や失敗はすぐに収入に響く。
そんな中で教えるんやから、失敗したからって笑ってはおれん。真剣勝負や。
そんな場だから、親方も真剣、弟子も真剣だ。
その緊張が習得にはいい面もあったな。」
(上述著、p.37~38。カッコ内はワタクシの脚注)
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「大事なことは、親方の俺は弟子が学べる場所を作ってやったということぐらいや。
後は、一緒にやりながら、それぞれが人のやり方から必要なことを学んでいったんだべ。
それは大きな部材に接してそれを削ったり、切ったり、持ち上げたり、
穴を開けたりする機会を多く持ったということだな。
これが大事だ。
頭で考えてたって、いざ大きな柱を前にしたらすぐには手が出せねえで。
勇気もいるし、決心もいる。間違えたら取り返しが付くもんじゃねえからな。
それで意を決して取り組むわけだ。」
(上述著、p.68)
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「まあ、そんなやり方で大野は大きな建物を完成させたんだ。
平成四年四月から八年三月まで掛かったが、入母屋・本瓦葺きの大きな本堂だ。
鵤工舎でも一番大きな物や。
それは大きな自信になるやろうな。若い者も自分たちだけでやったんだから。
無理じゃないかと思っていた者ができていくんで、力が出るんだ。
育つということはそういうことや。
がみがみ言ったり、コツを教えても、あの自信と力は湧いてこない。
自信に裏付けられた技は強いで。怖い物なしになるし、
やればできるって考えられるようになるからな。
やれるかどうかなんて考えることは必要ねえんだ。
どうやったらできるかを考え、やりながら次を見通すんだ。」
(上述著、p.83)
指導、教える方法も、学ぶ、身につける方法も
必ずしも言葉や模範演技のレクチャーだけではないということですな。
by かんとく