『郷中教育』について byかんとく

本日、久々にミナミを闊歩していると、

昔「無我、無我」と言っていた、オサムちゃんが自動車に乗って手を振っているのを見る。

選挙が近いからであろうか、でもワタクシはどうせ同じ職業の人なら

得意技に自分の苗字をつけるオサムちゃんのいぶし銀ぶりの方が好き(ニヤリ)。

(いつもどおり、わからない人はとりあえずウィキにて調べてください)

先般、朝早くからご苦労なことに川に飛び込む若者が続出した

橋の上も歩いてみる(ニヤリ)。

キタに比べると、やっぱりゴテゴテ感があるなあと思っていたが、

質屋の数が半端ではない。

不況だからか?

あるいは”高いものを安く買う”ことにプライドのある住民が多い土地柄のためか?

大阪にお越しの他地方の方は、ぜひともミナミの質屋を訪れてみてください(ニヤリ)

・・・・・

さて、本日はその前に大学にて練習を見る。

「実家に帰っていたので練習によらせてもらいました」という某大学の俊憲くんと、

宮本の弟も一緒に練習。なかなか刺激のある練習となってよかった。

先般、サーキット推進大臣に任命したN君も来てくれたので

ゴールデングローブに影響はないという判断の選手だけでサーキット。

2ラウンドやったのであるが、1ラウンド終了後脈拍を測ると

多くの選手が脈拍低かったので、180を目指そうというと

「180以上じゃないとだめなんですか?160じゃだめなんですか?」と

人和(ウィキで調べてみなされ)みたいなことを言う。

まあ、N・サーキット推進大臣はどこかの国の前首相と違うので

「皆さんがわれわれのしっかりした仕事を理解しようとしなくなった」とは言わず

「全身の個別の筋肉それぞれにしっかりしたスタミナが身につくし、

やっていない人間とやっている人間では明らかな差が出るので、

しっかりやってみてほしい。それがチームにとってもいい結果になる」

とまことしやかに語っていた。えらいですなあ。

・・・・・

まあ、私が一方的に言っても、”かんとく”という一個の者の思い込みとしか

学生には捕らえられないかもしれない部分もあろう。

そういう意味では、N大臣や前主将のような存在が彼らの視点で

過去やってきたことの意味を語ってもらうことが、

立体的に練習をはじめとする部活動の諸所の事柄の意味を解する上で、

現役選手には重要なのかもしれない。

・・・・・

先般、丁稚先のT先輩に借りて読んだ本にこのようなことが書かれていた。

「私が生まれ育った鹿児島には『郷中教育』というものがありました。

鹿児島は、西郷隆盛や大久保利通といった偉人を輩出しましたが、

彼らもこの教育で育っています。

この郷中教育は、6歳から25歳までの男子で構成された私塾のようなものです。

年齢ごとにグループを作り、年長者が年少者を教育することで運営されていました。

~中略~

二才と呼ばれた15歳から25歳くらいまでの青年で構成された一団は、

書物を読んだり詮議(議論)をし、二才で解決が難しいことは、

長老に相談して解決していったそうです。

このように郷中教育の様子をご紹介すると、私の保育園で行っていることと

似ていることに気づいていただけるかと思います。

講義を受けた後は、自学自習のくり返し。勉強と運動を交互に行い、

直接の指導は、憧れの対象となる年長者が実施する。

西郷や大久保といった歴史に名を残した人物も、

親に勉強を教えられて育ったわけではありません。

郷中教育という仕組みのなか、自学自習で育ったのです。」

(p.171~172 横峯吉文著、『子どもに勉強を教えるな~

「ヨコミネ式」自学自習の10か条』、宝島社)

何か、部活動と同じものを感じますわな。

憧れの先輩のようになりたいから、下級生は必死に真似をする。

そういう後輩を裏切らないように、また自分の先輩を超えるために

上級生は頑張る。

更なる上級生(若手OBとかか)は、困ったときには相談に乗ってやったり

手本となるような人材や、後輩に有益な人材を、自分の伝で紹介する。

そういう風なチームであれば、誰もが関わりたくなるし、

新入生や高校生も憧れ、部室の扉を叩くものではなかろうか。

by かんとく

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