『残念な件』について byかんとく

うちの選手には、先般のリーグ戦の際に、噂話の段階では話をしたが、

残念な事件があった。

夜勤後の帰宅なので、今未明3時だが、

朝刊、午前中のワイドショーには話が出ているかと思う。

内容は割愛するが、とある大学の学生の反社会的な行為によって

大学スポーツ界、そしてアマチュアボクシング界に

負のイメージがついてしまった。

残念だ。

アドレスのわかるうちの選手にはメールを送ったが、

再度この事件について考えてホシイ。

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自らの行動についての思慮を欠いた者のおかげで、

その大学では彼らだけでなく、全力を尽くしていた学生も

試合に臨めなくなった。

また自分の生活を犠牲にしてまで学生に情熱を傾けてきた指導者達は

責任をおうこととなるようだ。

其々が其々の立場で、「どうしたらよかったのか」と苦しみ、

「なんでこんなことに」とその二人に接してきた過去への

自責の念に囚われていると思う。

不憫でならない。

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またその大学に彼らを推薦してくれたた恩師にも、

非難の声があるかもしれない。

その大学以外でも、推薦入学制度のある大学は、

容疑者二人の母校から学生をとることに、

躊躇があってもおかしくないと思う。

そう考えるならば、この二人は後輩の未来も潰したことになる。

ボクシングに限らず、先般の京都教育大学の事件のこともあり、

社会全体が運動をしてきた大学生に対して、信用しなくなる可能性がある。

非常に悲しいことだ。

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今我々も自らを再度翻って考える必要がある。

我々の生活とはボクシングだけではないはずだ。

家族がおり、大学での授業も受け、ゼミでは友達もおろう。

学生とはそれぞれの社会の一員である。

が、社会は大学生がまだ未熟なことを甘受してくれている。

でもそれは、学生自身が最低限の人に対する接し方を知っていると

思ってくれているからである。

人のものをとってはならない。

暴力で物事を解決しようとしてはならない。

そういった考えを当たり前に持っているという前提があるから、

ボクシングという生産性もない(野蛮と見える)ことをしていても、

将来の社会人たる学生にたいして、優しく接してくれているのである。

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我々がまず第一に考えるべきことは、

自身がどんなしんどい環境におろうが、どんな嫌なことがあろうが、

決して人としての道を踏み外さないことだ。

どんなに強くても道を踏み外したら、社会は自分だけでなく

属する組織、或いは過去に属した組織にも大きな打撃を与える。

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その大学を非難して終わることは簡単だ。

だが、そうではなく我々の襟を正すための機会と捕らえてほしい。

私の望みは、選手諸君が(うちの大学だけに限らず)

ボクシングという競技を通して成長し、

社会に通用する人間になって欲しいのだ。

少なくとも、私はボクシングによってどうしようもない自分自身を

矯正してもらったと思う。

そして今でもボクシングを通して学ばせてもらっている。

他大学でも関わる人たちをみていると、

その真摯に打ち込む姿勢には頭が下がり、勉強させてもらっている。

だからボクシングにお返しをしたい。

・・・・・

お返しとは、私と接する大学生に、よき選手になってもらうことで、

結果として将来的に、よき社会人となってもらうことだ。

おそらく多くの指導者の皆さんも同じ気持ちであると思う。

だから指導者の皆さんは、過去に接点のなかった選手に対しても

情熱をもって接し、聞いてもいない、考えてもみなかったことまで先回りして

教えてくれているのだと思う。

その気持ちに対して応えられなくても仕方ないと思うが、

どんなことがあろうとも、裏切らないでホシイ。

by かんとく

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