『倫敦五輪あれやこれや』について byかんとく

五輪開会式、インド選手団の先頭に謎の女性が歩いていた、

という指摘が選手団長からあったという。

誰だお前、とおそらくインド選手も思っていたんだろうけども、

もうすぐ入場だからたぶん関係者なんだろうなあ、と思ったんだろう。

イギリスはテロ対策を声高にしておきながら

その警備の穴を喧伝してしまった結果になるね。

この人物、何者か知らないが、大した度胸である。

でもたぶんフェイスブックとかで早晩見つかりそうだが。

・・・・・

柔道。もう日本が圧倒的に勝つのは、難しくなったのかもしれない。

日本には“一本”の美学が今まで醸成されてきたかもしれないけども、

もつれた試合での判定後、畳の上でハシャぐ金髪の姉ちゃんを見るにつけて、

他国の競技者にとっては“一本”がすべてではないのが分かる。

あのハシャギっぷりよ。

逆に日本の高校の柔道の試合でやれという罰ゲームがあったとしたら、

大概の柔道部の先生なんて怖すぎるので、試合に行かないかもしれない。

まあ、それはそれでまた怒られると思ったらどこかに失踪しなければならず、

ああいう表現が許されないことを、骨身にしみて日本の柔道家は知っているはずである。

・・・・・

審判団においても同じことなのであって、ルール改訂においても同じであろう。

なぜ北京五輪ではタックルが有効な手段だったのか。

単純なことで日本柔道が諸手刈りを良い技だと教えてこなかった故、

これが一般的な技として教えられなかったからだ。

(一般的な技ということは、かけられる可能性が高いから防御技術も発達する)

そしてそれが反則技に改定されたのも、“一本”にこだわった結果ではなく

単純に五輪を観戦する視聴者とスポンサー企業からの苦情の賜物のだろう。

そうでなければ、今回もポイント柔道になりようがない。

まあでもこのルールの変更は仕方ない、国際的競技の宿命であるので、

それでも勝つつもりならば研究しつづけるしかない。

こう書いたところで、海老沼選手が訳のわからない判定で逆転勝ち。

「詳しいことはよくわかりませんが、良かったですね」これも国際化だねぇ

(大日本国営放送のアナウンサーが言っていい言葉か?にやり)。

まあそんなややこしい世界にかかわりたくない競技は、日本人しか関わらない

国内競技(結果として何時までもマイナー競技に甘んじる可能性が高いが)を

作っていくしかないわけである。

・・・・・

そんなことはさておき、ボクシング。

28日付の読売夕刊(3版)1面を見たら、

華のある村田選手が中央でいい感じで写っている横の方で、

小藪の高校の先輩の清水選手と、須佐選手はちょけてる感じであった。

メディア情報に踊らされている人民としては勝ち星は村田選手だけか

とも思ってしまったが、清水サンは緒戦突破となり、ワタクシの考えは

誤りだったと答えが出たのだが、それこそが非常にうれしいことである。

残念なことだが15年ほど前大学生だったワタクシは、

日本人は決して海外の試合では勝てないと思っていた。

全日本選手権で散々に相手を打ちのめして優勝した選手が、

海外の選手にはポイントアウトされてしまう。

実際に試合の内容を見ることなぞ、当時はほぼあり得ないことだったので

(全日本選手権や関東リーグの動画すら今ならすぐに検索できるが、

当時は実際に行ってみなければ見れないし、一日だけでは全く勉強にすらならなかった)

海外の選手には実は腕が左右合わせて6本あると言われても信じたかもしれない。

いやすんません、それは嘘。

たぶん世界的なレベルが大きく落ちることはないので、

当時に比べて日本のレベルが格段に上がったことは間違いがないだろう。

そのレベルの上がった日本代表選手の試合は、既存のメディアだけでなく、

インターネットから見ることができるわけで、これをいかに使うか、非常に重要。

できれば、そこからいろんな選手の「勝利の方程式」をパクって欲しいものである。

第一暑いので、ロードワーク以外はそういう勉強もしてほしいの。

by かんとく

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