『慚愧』について byかんとく

最近サッカーの試合ばかりである。

本場ではユーロ2012を開催中、今朝のニュースは日本対オーストラリアである。

ネット上の意見ではこの試合の審判に対して、

「アジアの試合で良かったね。南米だったら殺されてる」のだそうである。

尤もサッカーは代理戦争の側面があるから、そういうもんなのかもしれない。

物騒だのぉ。

やっぱりボクシングは平和で良い(にやり)。

・・・・・

そういえばそんなことを書いて思い出したのであるが、

先般の日曜(関学の試合がなし)の帰り、他校の指導者とちょいと飲みに行く。

そういえば去年は秋の会議がなく準備も浅かったので、

今年は何度か会合した方がよろしかろうという話になる。

4人くらいいるとさすがに色々な角度で話が出てくるので良い。

たとえばワタクシも前々から語っていることだが、

「学連会議なんてやめちまえ」というものがある。

各校、“学連担当者”が来て、主にリーグの運営についての話をするわけであるが、

結局リーグの運営だけの話になる。

ちょっと前だと、試合に使わない人間で学連担当者を出すこともあり、

一番ひどいのは右も左もわからない1回生をよこしてたり。

そんな“学連担当者”もかわいそうなものである。

右も左もわからなければ、学校に持ち帰っても十分に話が通じるとは思えない。

ということで「学連会議廃止の上、主将会議にする」という話をしておいた。

主将会議ならこんな試合運営にしたい、だからうちではこれだけ人数出す、とか

即座に言える(はずである)。

或いは派生して、秋口に会議をしておけば、全日本選手権に出るメンバーに

スパーリングの機会を話し合うこともできよう(最終判断は指導者だろうが)。

上記、あくまで案と工夫の方法、それらに対しての空想にすぎないのだが。

・・・・・

最近では、各校のマネージャーが学連もやってくれてたりするが、往々にして

ボクシングしちゃう男より、マネージャーをしている女性の方が優秀なので

リーグの運営もツーと言えばカーという風にはなった。

が、よく考えてほしいのは、ボクシングのリーグ戦の主役は男性であるということだ。

これは男女別視しているわけでなく、リーグ戦というものの成り立ちを考えるうえで

当然であり、今後もこの流れが変わることはない。

主役が男性であるにもかかわらず、マネージャーにおんぶに抱っこで良いのだろうか。

少なくとも自分たちがリーグ戦という舞台で戦うということは、

同時に自分たちでその舞台を用意するということでもある。

・・・・・

と、そんなことを思いついたのが、先般の日曜の朝、うちの学連担当が

「試合前の検診が終わり、今日は試合がないので帰っていいですか」と

聞いてきたからである。

その日の最後の試合になった28日の試合の後、試合会場の片づけをしていたのは

だれであったということが思い浮かばない人間にしか育っていないのかと思い

(そいつは3回生だから)、ワタクシは慚愧に堪えなかった。

まあ、そういうことである。

by 大学でボクシングをやってるなら、強くなっただけでは意味ないでしょ、

と思っている、かんとく

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