『応援とリズム』について byかんとく

慶応戦の詳細を追加しておいた。

ワタクシは当日宅建の試験で忙しかったので、どんな試合なのか知る由もない。

不動産好きが高じて受けることにしたのだが,宅建の試験は1年に1回しかない。

しかも顔写真を撮って本部に送り、試験当日に代替者が受けていないか

顔面のチェックもあるのである。

試験結果は合格ラインが7割だが、8割5部ぐらいとってしまったので

あとは書き損じがなければ受かっている,,,ハズ。

そのことがあったので最近の通勤は試験勉強、故に書物の記述少ないわけである。

ま、小遣いが少ないというのが大きな要因だが(にやり)。 

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それはさておき。

全体的にはよい試合だったようだが、応援がよくなかった模様。

まあ実際試合をするのは選手個人だが、そこで結果を出しやすくするために

ぜひとも正しい応援方法を身につけてほしいものである。

例えばサッカーなどの国際大会などでホームではアウェー戦より勝ちやすい。

これは本国の方が体調管理がしやすいということもあろうが、

応援をしている観衆が大勢いるからという事柄を排除できないだろう。

仮に昔のプロレスのように巌流島で無観客でやったとしたら、

日本での開催でも,日本がブラジルに完勝することなぞありえないだろう。

そういうもんである。

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応援は個人競技ではなかろう。

どんなに応援の上手な選手がいたとしても、単体(個人一人)ではあまり価値がない。

世の中に“応援団”や“応援部”なんてのがあり、

チアリーダーや応援のための吹奏楽部もあったりするが、

ワタクシの広い知見でも、残念ながらたった一人で応援をしている人をしらない。

「~~高校応援部のエースはすごい。あいつ一人のおかげでうちは逆転負けさ」

などという会話を聞いたことはない。

というか、そんなやつがいたならば是非連れてきてほしい。

その応援を是非体得したいものである。

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応援というものは言うなれば一人だと作り出せない何かを

多くの人間で作り出すものであると思う。

一般的な言い方をするならば、“良いリズム”とか“流れがきた”とか、そんなことだろうか。

多くの人間の声なり、拍手なり、あるいは吹奏楽部の楽曲は

そのリズムを作り出すために多くの人間を必要としている。

応援団自体の人数が少ないようであれば、

応援団は同じ学校に属するものを同じリズムの応援に乗せるよう工夫する。

例えば一般に言う応援団を関学では“応援団総部・指導部”という。

ボクサーが練習をする際にかける曲、あれには意味があろうか。

一般的にはリズム感を身につけるためというが、

それならば部室に流れる曲は太鼓の連打の音でもよろしかろう。

が、そんな部室もジムもワタクシには入った記憶がない。

たぶん何かしらの意味があるのだろうが、その大きな意味は

やっている本人のテンションを上げ、力を引き出すためである。

同じようなことを試合に際しては応援するやつがやったらいいと思うがいかがか。

by 次は土地家屋調査士を目指し、測量を学ぶつもりのかんとく

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