『冨士のことで思うこと』について byかんとく

先般記述したとおり、2000年入学の冨士君が亡くなった。

本日は葬儀。

長い闘病生活の末であったため、ご両親も憔悴されていた。

冨士君の冥福をお祈りいたします。合掌。

・・・・・

冨士君の葬儀後、参列した私の卒業年度前後のOBとともに昼食をとり、

また帰宅前に話をする。

学生時代は、ボクシングの話とともに、授業の話や、

好きな女優の話、あるいは不謹慎かもしれないけれども、

おススメの桃色動画の話などをしていた。

でも、当時はなんら不謹慎な話ではなかった。

当たり前の話だが、みんな20前後の若者であり、エネルギーに満ち、

ボクシングの練習に励み、退屈な授業に出て、学校が終われば、

大食をし、大酒を飲み、大いに歌い、大いに今を語り、大いに未来を語った。

それが当たり前の大学生活で、その当たり前の生活が

”ちょっとしたこと”で大きく変わるなんて、誰にも想像なんてできなかった。

・・・・・

アラサーに到達した、当時の若者たちはある者は結婚し家庭を持ち、

ある者は子供が生まれ、目に入れても痛くない子供の成長を喜び、

ある者は社会の中での自分の仕事に誇りを持ち、よりよい未来の形成に

粉骨砕身を惜しまない大人になった。

その会話は仕事の話、結婚の話、そして結婚後の二人が住む場所の話、

あるいは未来生まれてくるであろう子供の教育のための土地の話となった。

会話の内容は大きく変わった。

が、我々は生きていて、それらは少なくとも近い未来に、

考えざるをえない話、逃れざるをえない話となったわけである。

残念ながら、冨士とはそんな話が未来永劫できなくなってしまった。

不謹慎ながら、いつかは来るかもしれないと、漠然と考えていた未来が

本日訪れてしまった。

悲しいがこれが現実である。

結局、人は何時の日か、この世を去らなければならない宿命だから。

・・・・・

その会話の中で、彼の同期が語っていた言葉が心に残る。

「冨士のことは悲しいけども、折をみてご両親と会食の機会を持とう。

今は憔悴されているのでお誘いはできないが、

供養になるかどうかわからないけども、彼のことがすきな人間が集まって

話をする機会を持てるようにしよう」

こんな言葉が自然に出てくるような大人になるなら、

大人になるということも悪いことではないね、冨士。

それぞれの人生の転換点、この先を考える時、君は傍にいてくれる。

・・・・・

現監督はわけのわからない言葉を垂れ流す、どうしようもない輩だけれども

ひとつ君に約束したい。

人生の節々の会話、20での大学での会話、

30での仕事、結婚、家庭についての会話、

40、50での子供のやんちゃや進学についての会話、

60、70での誰々が入院、退院したとか言う会話、

そのほかの会話も、我々が日々を当たり前に生き、

そして忘年会とか、久々の会合のときに交わす会話を

今以降のボクシング部員にとってみて、当たり前であるように全力を尽くすよ。

冨士、見守っていてください。

俺がそっちにいったときには、良い評価を聞かせてもらえるように

頑張るわな。

by かんとく

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